ドラフト会議前に一位指名を公言するのって何かのトレンドですか?って思ってる人です.*1
今年いや, 去年からずっと野球関連のリアルなトレンドは「何かしらのオオタニサン」で間違いないと思います.
一人の野球選手が(ガチで)二人分の成績(それもエースピッチャーと主軸打者を兼ねる)という驚きは改めて語るまでも無い話ではありますが,
投球回伸びてるし, (雰囲気的に)見ていて安心できる投球をしてるし何か変えてきたのでは!?
と思い, 改めて「投手・大谷翔平」のデータを見てみようと思いました&実際に試したのでどうぞご覧ください.
なお, オオタニサンといえば二刀流, 打者の成績も気になるところですがこちらはシーズン中に可視化したものがあるので気になる方はこちらをお読みください.
思ったことを先に言うと
- 前半戦は「きれいな真っ直ぐと変化球のコンビネーション」, 後半戦は「2シームとカッター, スライダーで意地悪くボールを曲げてくるマン」にキャラ変した
- 後半戦から投げ出した2シームに目が行きがちだが, それよりスライダーの割合を増やしたほうがよほど重要な変化なのでは説🤔, なおはっきりした理由はわからずorz
- 「打たせて取る」スタイルのオオタニサン, 2023年もこれで行くんじゃないか?という期待感!
「伝家の宝刀スプリット」から「エグく曲げてくるスライダーと綺麗じゃない真っ直ぐ多投」マンへの変貌, メジャーの投手らしくて面白いかなって思いました.
もくじ
投手大谷翔平の2022年
それでは, オオタニサンがどうやってキャラ変をしていったか?を振り返りたいと思います.
- 年間の投手成績をもとに振り返り
- オールスター戦(7/19)を境に前半戦・後半戦を分けて振り返り
年間成績
まず, よく見る代表的な成績を振り返ります(以下, 数値はFanGraphsより引用).
勝 | 負 | 試合数 | 投球回 | 被安打 | 失点 | 自責点 | 被本塁打 | 与四球 | 奪三振 | 防御率 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
15 | 9 | 28 | 166.0 | 124 | 45 | 43 | 14 | 44 | 219 | 2.33 |
「めっちゃエースの数字じゃん!!!」と唸る好成績です.
突っ込みどころが本当に無くて, 特に失点・自責点・与四球・被本塁打はイニング数が少なかった去年とほぼ同じでした(=イニング増えても数字変わっていないということは内容のクオリティが高まっている).
最近ある意味メジャー以上に完投もイニングも稼がない日本のプロ野球で同じ数字を出したら沢村賞待ったなし的な感じもします*4.
セイバーメトリクス系の数字も結構傑出していて,
K/9 | BB/9 | HR/9 | BABIP | FIP | WAR |
---|---|---|---|---|---|
11.87*5 | 2.39*6 | 0.76*7 | .289*8 | 2.40*9 | 5.6*10 |
指標の説明と解釈は脚注コメントをお読みいただきたいのですが, いずれもキャリア最高の数字でした(投手として).
各球種の球速・投げた回数などを可視化するとこんな感じでした(PyConJP 2022の発表で使うデモアプリで可視化, データの源泉はStatcastです.).
年間を通したボールの特徴でいうと,
- めっちゃたくさんスライダーを投げている. 全体投球の39%近くを占めており, もはやスライダー投げお兄さんである.
- 奪三振を奪う率がエグい.
- インプレーになった打球(Batted ball)のうち, フライ系の打球(fly_ball)と強い低弾道の打球(line_drive)の合計が50%近くを占めており, 実は捉えられるとよく飛ぶ打球説ある(ここがリスクらしいリスク).
今年は年間目立った怪我もなく(実はこれが一番すごくて一番誇れることなのでは?*11), 一年間ずっとこのクオリティを出してるのはホントに凄いです.
前半戦
...と, ここまでは「オオタニサンスゴイデス!!!」「オオタニサン, キュンデス♡」という普通の話なのですが!?
投球データをオールスター戦(7/19)を境にした前半戦と後半戦に分けると明らかにキャラ変していることがわかるので面白いです.
先ほどの投球データグラフをシーズン前半に絞るとこうなります.
少しずつ分解して解説します. まず前半戦の球種割合.
真っ直ぐ(4シーム)とスライダーの比率がほぼ一緒で, オオタニサンの決め球スプリットをキメるという, らしいイメージの投球です.
ちなみにこれを,
- 縦軸・球速(km/h)
- 横軸・投げたボールの数(Pitches). Pitchesは試合日と投球の順番で昇順ソート済み(なので, 左端が過去, 右端が最新のボールとなる).
で表した「Pitch Line」グラフで全1384球をプロットするとこうなります.
感想. こうやってみるとスプリットの球速が速すぎ. スライダーより速いスプリットって反則なのでは!?
...というのもありますが, ピッチングの組み立てが,
- 4シームとスライダーがどっちも軸になっている.
- おそらくだが, 球速出したいときに4シーム, 曲げて何かを起こしたいときにスライダーと使い分けている.
- メジャーであまり投げる人が居ないスプリットを時折織り交ぜていい感じに構成. カッターが微妙に混ざってるのはおそらく計測の関係?*12
なんとなく, イメージ通りな気がします.
ちなみに打球のリスクを見るため, Batted Ballのグラフも出しました.
年間成績の「フライ+ラインドライブ」の率より前半戦はやや高く, (誤差の範囲内かもですが)やや危なっかしい橋を渡っていた可能性があります.
はい, ここまでのイメージ覚えておいてください, オールスター後, これが激変します!
後半戦
オールスターが終わってからシーズン終了までのまとめがこちらです.
まず目に見えてわかりやすい変化.
スライダーとカッターの比率が増え, 新たに2シーム(グラフの表記上はSinker*13)が登場, 4シームが一気に減りました.
前半戦は全体の37%ちょい4シーム投げていたのに, 後半戦は18%とホントに減らしてるのはびっくりです, 確かに, 中継見ていてもよくスライダー投げてるなという印象はありましたが, 全体の40%超えは流石にびっくりしました...
問題は, これが投球結果にどうつながったか?です.
打球の性質(=打たれた打球の種類がどうなってるか?)で見てみると,
ゴロ(ground_ball)系打球とポップフライ(popup)が増えるという, 所謂「打たせて取る」ようなボールが増えています, ゴロはホームランになりませんし, ポップフライ*14は十中八九アウトになります(捌きやすい打球であるため).
フライ性打球はホームランなどの長打, ラインドライブ(強烈な打球)はヒット(時折長打)に繋がるリスクがあるので減るのはいいことです.
カッターと2シームが増えてる分, 確かにゴロ系でインプレーになった打球が増えた気がします.
上の可視化は後半戦におけるカッターおよび2シームの打球位置です, 前半戦でやると以下のとおりです(ちなみに前半戦は2シームを一球も投げていない).
明確にキャラ変してますよね!?
データの読み方として自信が確信に変わりました.
後半戦のPitch Lineグラフ(縦・球速, 横・球数)でみると前半戦との違いが明確です.
打者から見ると, 「真っ直ぐと張っていたボールが2シームかもしれないしカッターかもしれない」というスピードで来るので, そりゃあ手を出すし, 結果インプレーのゴロやポップフライが増えるのはわかる気がします.
そしてその打者の心理をあざ笑うかのようにスライダーを放る狡猾さも加えてエグいです.
今回はデータの確認していませんが, スイング率(打者がボールを振った率)とかも変化あるのでは無いでしょうか?
なお余談ですが, 今シーズンのオオタニサンが初めて2シームを投げたのは8/15の試合でした.
8/15からシーズン終了までのオオタニサンは「打たせて取りながら三振も取るエグい狡猾なパワーピッチャー」という完全体でした.
野球選手ってシーズン中にこんなに変わるか!?っていう良い学びを得ました.
考察「なぜキャラ変したのか?」
投球内容を前半戦・後半戦で分けただけで,
- 球種の比率が変わった
- 投球結果の内容が変わった
のが明確にわかりました, 特にスライダーと2シーム, カッター激増(4シーム激減)は露骨すぎます.
ここまでキャラ変したのはおそらく, 規定投球回達成のための軌道修正*15なのかなと思っています.
- 三振を奪うスタイルだとアウトを取るのに最低でも3球ボールを投げる必要がある.
- 一方, ゴロやポップフライに打ち取るアプローチなら3球未満で終える可能性が高くなる(最小で1球アウトが可能).
- 基本的に先発ピッチャーを100球前後で降板させるメジャーリーグの場合, 長いイニングを稼ぐためには三振だけでなく打たせて取るアプローチが必須.
- 故に, 「打たせて取る」球種の代表格である2シームとカッターを増やした.
もっとも, スライダーが増えた理由とは繋がっていないのでこの考察も穴があるきがします.
ちゃんと見るなら,
的な所も合わせて見る必要があります(が, 時間がなかったのでこれは次の宿題かな).
結び - 2023年はどうなりそう?
というわけで, 「オオタニサンのキャラ変・投手編」について書いてみました.
2023年どうするんでしょうね?エンジェルスに残留ならこのスタイルのままでも良い気がしますが,
- 来年はWBCがあり, その分の早期始動・疲労回復を考慮した上でスタイルを変えていく必要があるかも.
- トレードでエンジェルスから出ていく場合, 「打たせて取る」スタイルが通用しなくなる可能性がある. 例えばエンジェルスより守備が下手なチームに移籍すると, 「今までアウトだった打球がヒットに」みたいな機会が増えて数値が悪化する可能性も(もちろん逆の可能性もある).
個人的には, 「ゴロ」「ポップフライ」で打たせて取るスタイルはリスクも減っていい感じだと思うのでこのスタイルを継続でも良いかなと思っています.
最後になりましたが, このエントリーはPyCon JP 2022のトーク「Python使いのためのスポーツデータ解析のきほん - PySparkとメジャーリーグデータを添えて(2022/10/15 16:00-16:30)」のオープニングトークの一部を大幅に加筆し, 野球ファン向けにいい感じに編集したモノとなります.
本番では時間の都合上, ここまで細かい話はしませんが笑, お楽しみいただけたら嬉しいですし, 10/15現地に来られる方は是非楽しみにしていただければと思います!
最後までお読みいただきありがとうございました.
Appendix
実験用コードとデータ
深堀りしたい方はこの辺を参考に遊んでください, ちなみにダッシュボードは含んでいません.
参考文献・ブログ
*1:くじ引き回避のための駆け引きなんだろうけども, 楽しみが減るじゃないの...今年は不作説あるからこれも致し方ないのか?
*2:ちなみに34本塁打はア・リーグの本塁打ランキング4位ですが, 左打者に限るとア・リーグ2位でした(ア・リーグ左打者の本塁打王はアストロズの指名打者アルバレス)
*3:おそらくですが, これの快挙で規定打席とか規定投球回ってやつが日の目を浴びた説あります. 大事な数字だけど実は意識しにくいんですよね(例えば防御率ランキングは規定投球回に到達しないとランクインできない)
*4:2022年プロ野球で規定投球回(143回以上)達成者は19人(セ・リーグ10人, パ・リーグ9人)
*5:9イニングあたりの奪三振数. キャリアハイでこれはいい数字.
*6:9イニングあたりの与四球. これもキャリアハイ.
*7:9イニングあたりの被本塁打. これもキャリアハイ, もともとホームラン打たれにくい選手がさらに難攻不落に.
*8:インプレーの被打率. これが極端に低いと「運に恵まれた」という判断で翌年以降数字が悪化するのですが, 今年のこの数字はメジャーでのキャリア史上最もインプレー打球を飛ばされており, オオタニサン視点では今年は運が悪い部類. 他の数字の傑出度を見ると「運がない中頑張ったね」というポジティブ評価になります.
*9:運の要素を除外した防御率っぽい数字. 2.40は非常に優秀. 詳しい解説はこちらをご覧ください.
*10:プレーを勝利数に換算した場合の数字. オオタニサン一人でチームの5.6勝分に貢献, これは相当高い数字で打者としてのWAR 3.6を加えると一人で二人分以上に働いていることになります.
*11:なおエで象徴されるように, 主力の打者が怪我で離脱しまくった中ずっと打席に立ってたのは本当に偉いと思う. ローテーションも飛ばしてないのを含めるともっとすごい.
*12:言うても機械計測なので, 若干のノイズでカッターと判定されるとかありそう.
*13:メジャーリーグにおけるシンカーは「沈む真っ直ぐ」「きれいな回転じゃない真っ直ぐ」という意味で使っています. 2シームは縫い目をきれいに回すボールではないため, シンカーとして分類されます.
*14:ちなみに, ポップフライと三振はリスクが少ないアウトのとり方になるので「完全アウト」という定義をすることがあります(参考).
*15:後述の通り「打たせて取る」ピッチングへの変貌なのですが, 「全打者を三球三振にして81球で終わらせる」か「全打者に初級を打たせて27球で打ち取るか」という究極の二択をイメージするとわかりやすいかと思います.
*16:個人的に配球が苦手なのでちゃんと見ていないですが, 少なくとも投げる球種とコースは変わるだろうとは思ってます.
*17:例えばスプリットは比率が少ないですが重要なカウントで投げてると思うんですよね, その辺の加味もしないとというお気持ちがあります.
*18:たとえば圧倒的に投手有利なオークランドの本拠地だとフライを打たせるような投球をしている可能性があります, ファールエリアと外野が広いため(かつ同地区で投げる機会も多く勝手がわかってるから).